雰囲気センシティブ注意。
吹雪。
ホワイトアウトしそうな視界を何とか保とうと呼吸を大きくゆっくり取りながら鶴葉は周囲の索敵を行う。
「やらかしましたね、鶴葉さん。」
そうぼやいたのは鶴葉自身で、彼女の体は身動きができないようにがっちりと氷で固められている。山に入った異を追いかけてきた鶴葉を襲ったのは恐ろしいまでの冷気だった。
「おっかしいな、ポケモンならほのおはこおりにばつぐん取れるはずなんだけど……あ、違う、もしかして、ひこうで取られた……?」
気付いた時にはもうすでに遅く、冷気によって翼を固められ地に落とされた鶴葉はあっという間に氷壁に張り付けられた。翼は元より、手足も氷で固められ、脱する術はない。嫌な汗が一筋、たらりと伝う。何とか逃げ出さなければ、山伏であるとは言え体機能への影響は計り知れない。必死の思いで体を揺らせば、首から下げた鉄輪が揺れ、氷と重なり高い音を鳴らすだけだった。
「……っ、ちょっと、待って……!?」
刹那。その金属音に反応したのか何かが彼女の体内に入り込んだ。物体ではない、概念的な流れがその体を襲う。足の先から突き抜けるように背を走り抜くその流れに鶴葉は目を見開いて体を硬直させる。
「やっ、やぁ……!?ちょっ、な、ひ、ぃ……!」
まろびでた声は周囲を取り巻く吹雪の轟音でかき消される。それを気にする余裕もなく、"少女"は啼く他ない。痛覚はないものの奇妙な感覚、それが体内を冷気が暴れているということを理解するまでに、そう時間はかからなかった。
「は、ぁ……はぁ、っ……ぁ、ぃ、……んんっ、ぁ……!」
がくんがくんと意志と反して揺れる体に恐怖を覚えた鶴葉の意識が徐々に白く塗りつぶされていく。いけない、だめ、とどこかで強く警鐘を鳴らすものの、それを聞き入れる冷静な彼女は今どこにもいない。
暴れる冷気を制御しようと思えば思うほどそれは意に反して強くなる。徐々にその存在を大きくした冷気は、当然制御しようとする鶴葉の意思を蝕み始めた。
「だ、だ、め……いや、や、だめ……も、むり、ぃ……!」
炎を操る鶴葉にとって器を冷やされることは死に近い拷問であった。熱さを知るからこそ、その対極にある寒さは知らない。真の冷気を、彼女は知らない。
「ひゃ、ぁ……あっ、ぃ、たぁ……だめ、だめっ、やめて……いや、いやだ、こ、ん……な、ぁ……ああっ、あ、あぁ、ん……は、ぁ……ん、くっ……いっ、……ぁ……!」
無意味な言葉は呼吸となり、白い吹雪の中へと消えていく。必死の思いで噛み切った唇から赤い血が零れ落ちる。しかしそれも徐々にその色を失い、白に染まる。
諦めたくない、こんなところで、どうして。冷気に犯されながら白む意識の中に、確かな炎が灯る。
「……見つけた。」
カッと強い光が辺りを包む。
徐々に吹雪の勢いが衰える。
「遅くなって、ごめんね。」
小さな手が鶴葉の頬に添えられる。
その声に応える体力はもう鶴葉には残っていなかった。
それを分かっているからか、小さな手の持ち主、眼隴はそっとその体に背を向けた。
「姉さんを、傷付けたのは……お前たちだな。」
渦巻く吹雪に目を向けて、眼隴は脇差を抜く。
白銀の刀身にはまるで陽光を思わせるかのような彫りを魅せていた。その暖かな光にうっすらと瞳を開いた鶴葉は、異と対峙する弟を見てその表情を緩めた。
「おひさま、みたい……。」
眼隴の動きが激しくなるたび、その熱は高く輝いた。強大とも思われた吹雪を惑わし、削り、溶かし、その刀身が煌くたびに徐々にそれは小さくなっていく。
左足で近くの山肌を蹴りつけて飛び上がり、夕刻の陽光を受けてその脇差が一等強く輝いたその時、小さな雪の集合体は高い音を立てて砕け散り、流れる水となって山へと還って行った。
それと同時に、鶴葉を拘束していた氷壁も解除された。その冷え切った体が地面に叩きつけられる前に、眼隴が駆け寄りそっと受け止める。
「ごめんね、姉さん、来るのが遅れて。」
眼隴は手に宿した陽光でゆっくりと鶴葉を温める。眼隴はそっとその鉄輪を握りしめて息をついた。眼隴が彼女の元に駆け付けられたのは、鶴葉がもがいた時に氷壁にぶつけて鳴らした鉄輪の音によるものだった。
一度の音を敏感にキャッチして動き出していなければ、と眼隴はスッと背筋が冷えるのを感じた。
「あり、がと……ね、めろ、くん……。」
「姉さん、無理してしゃべらなくていいから。」
「へへ……めろーくん、おひさま、みたいだったよ、ぉ……。」
「……そう?」
「うん、かっこよかった……。」
やんわりと笑みを浮かべながら鶴葉はやっとの思いで体を起こした。がちがちに冷やされ、体内のいたるところを冷気で侵されているために、すぐに立ち上がることができなかったのだ。
「よし……はは様に報告してから、帰ろっか。」
「え、いいよ、姉さんは先に帰ってなって。」
「えぇ、もう大丈夫なのに……。」
「……ほんとに?」
「ん?」
「あんな……あんな、声……出してたのに?」
「ちょっ!?」
「悪いこと言わないから、帰って休んだ方がいいと思う。」
「ハイ、ソウシマス。」
「ビール。」
「ふぁいっ!?」
「冷やしすぎたの飲もうとしたら、たぶん、しばらく、出るよ。」
「んにゃぁ!?もう眼隴くん、忘れて!?今すぐ忘れよう、ね?お姉ちゃんとの約束!」
「えーどうしようっかなー。」
縋る鶴葉と笑う眼隴。そんなどこにでもありそうな姉弟の風景を、沈みかけの夕日がそっと見守っていた。
炎天陽炎
えんてんかげろう
山伏の武器考察。
はは様→素手。野生の強み。もしくは母性。
雪輪ねぇ様→弓。すぱっと狙ってほしい。
灰鯉にぃ様→大太刀。ぶおんって水の呼吸出してほしい。
鶴葉→薙刀。炎と踊れ!
冬萌ちゃん→クナイ。しゅぱぱっと暗殺されたい。
眼隴くん→脇差。ショタに脇差って強い。
今回のテーマ。
センシティブ鶴葉さんとかっこいい眼隴くん。
最近たくさん書いていただいているのにこのクオリティはどうなの?
とは思ったのですが、何事も出すことが大事かと思いまして。
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