駆け抜けろ

企画用小説
お題:神話/地下室/恩讐

百恵→ももえ。
合香→はるか。


「地下室の謎って、知ってる?」
「ねぇ、もうそういうのやめようよ。」

夏休み。小学生の時は家族旅行を楽しんで、中学生の時は部活に励んで、そして高校3年生の今は受験勉強に勤しんでいる。
暑い夏、今年も猛暑日続きで目眩がする。
目眩といえば、腐れ縁の百恵とこうして夏を過ごすのも、もう何年目だろうか。相変わらずオカルトやら神話やらに熱を上げていて、彼女は高校3年生の今となっても勉強もせずにこんな調子だ。私がため息混じりに諌めても、彼女は部分と笑うだけだった。

「なんで?」
「なんでって……もうそういうこといってられないの、この間の模試、散々でスマホ取り上げられてるんだから。」
「だから最近イライラしてるんだ。」
「そうよ、だから放っておいて。」
「でね、その地下室ってのが……。」
「百恵!」
「合香、スマホで連絡出来ないからって振るような彼氏は端から諦めなって。」
「なっ……!?」

隣同士の家。同じくらいの経済環境。私には兄が一人、彼女には弟が一人。どこにでもいる、普通の四人家族が隣同士に家を買っただけ。
私の方が快活に見られて可愛いとか頭がいいとかともてはやされることが多いけど、本当は知っている。私はこの隣人に何一つ勝てていないことを。
頭の良さだって、ちょっと勉強したらすぐに私を追い抜く。
可愛さだって、その前髪を少し切ってあげるだけで見違える。
行動力は、もう絶対に勝てるはずがない。
それでも誰も知らない、皆が見てない振りをする。

「ね、気分転換しよ。」
「……は?」
「悩める合香ちゃんにこの百恵様直伝の超絶涼しいスポットへごあんなーい!ほら、玄関で、待ち合わせ!」

輝く笑顔にくらりと目眩がする。傾きかけた体を必死に起こして窓の向こうを見ると、もうその体はいなくなっていた。

「ほんと、自分勝手……全く。」

それでも財布やら何やら入れているあたり、私は彼女に甘い。
図書館にでも行くふりをして、適当な参考書を入れて出かけると母に伝える。
携帯は、預けたままでいいだろう。

「お待たせ、待ったー?」
「……私のが後に出てきてるのに?」
「待ち合わせの常套句じゃん、言わせてよー。」

けたけたと笑うその勢いに結局いつも乗せられている。惹かれるがままに歩いて歩いて、そこは少し涼しげな風が通る、高校の裏の雑木林だった。

「何ここ。」
「ここね、昔の日本神話縁の土地で、ここの境内の地下室に謎があるんだって。」
「ふぅん……。」

つきん、と何かが頭で弾けた気がした。しかし暑い夏のアスファルトの上を駆けて来たんだから、熱中症かと思って、ひとくち持ってきていた塩レモン水を煽る。
と、一瞬百恵の姿が見えなくなった。

「あれ、百恵?」
「こっちだよー、合香。」
「もう、先々行かないでよ。」

境内の裏に回ろうとする小さな背中を追う。するとそこには、木でできた地下室への扉が埋まっていた。ザクザクと土を掘り返す百恵に執念じみたものを感じて少しだけ怖くなったが、ふとそんなものかとも思えてくる。

「ようし、入るよ!」
「はぁ……なんて高校生になってまでこんな……。」

彼女に誘われるがまま入る。中は階段になっていて、なんとか床まで光が届くので踏み外すことはないだろう。それでもちょっとした恐怖心が体支配する。

「怖い?」

そう問いかける百恵の目が少し光って見える。

「うん。」

素直に頷けば、そうだよね、と返ってくる。そっと手を取られたのが分かって、ぎゅっと握る。汗ばむ私の手とは逆に、百恵の手は冷たかった。

「ねぇ、合香。」
「なに?」
「まだ、怒ってる?」
「何が?」
「私のこと、許さないって。」
「……。」

ポツリ、ポツリ、と語り出す。百恵の言葉に少しだけぼやけた意識がはっきりしてきた。そうだ、私、彼女に許さないって言った。

「それは、だって、百恵が……。」

勝手に、と言いかけてゴクリと喉がなった。自分の物じゃないみたいに体が火照り、熱くなる。違う、そんなことが言いたかったんじゃない。

「百恵が、いなく、なるから……。」

寂しかったから、恨んだ。
一人にしたから、怨んだ。

「あのね、合香。」

百恵の声で、それは言う。

「私は、貴女に許して欲しくてここに呼んだの。」
「ゆ、るす……?」

ゼェゼェと呼吸音が激しくなるのに対してあたまはすっきりとしていた。
まるで外の音が一切合切全てなくなったような心地だ。

「貴女、自分で言ったことに囚われてるんだもん、見ていられなくて。」
「わか、んないよ……そんな……わかんない、百恵っ!」
「合香は馬鹿だなぁ。」

その言葉とともに冷たい体に抱きすくめられる。

「許して、もう、許していいんだよ。」
「やだ、いやだ……絶対に、絶対、許さない……。」
「いいの、合香は悪くないから。」
「っ……!」

中学三年生の夏。私達の夏は、そこで止まっていた。あの日高校受験のために図書館で勉強しようとしていた私達は些細なことで喧嘩をした。そしてその帰り道、百恵は事故に遭った大型トレーラーにはねられて即死だった。

「合香は優しいから、恨むことで私をずっと繋ぎ止めてくれたんだよね。」
「……ぁ、う……。」
「でももう、いいんだよ。」
「ぁ、ゃ……り……た、か、った……。」
「うん、知ってる、この3年間、ずっと謝ってくれてたの知ってる。夜寝る時、私の部屋に向かって泣きながらずっと呼びかけてたのも知ってるよ。」
「百恵が居ないと、私……私、なんも……できないよぉ……!」
「それは違うよ、合香。」
きっぱりと、はっきりと、声が否定する。
「合香はちゃんと進むの。」
「……。」
「生きてるんだから。」

これが決定打だったのかもしれない。
この日初めて私は幼馴染の死を受け入れた。

「百恵……。」
「ん?」
「……すきだった、ずうっと、ほんとは。」
「うん。」
「だから……。」

とん、と体を押される。何かに引き込まれるように冷たい温度が闇に飲まれていく。私は一筋の涙を零した。

「だから、ゆるしてくれて、ありがとう。」

ぱちぱち、と目を瞬かせる。いけない、寝ていた。
センター試験の自己採点は概ね予想通りだった。これなら第一志望の国立大学も問題なく目指せるだろう。とりあえず高校に報告に行かないと行けない。慌てて制服に着替えてコートを羽織る。とんとん、と玄関で革靴を履いていると、痛むからやめなさい、という母の笑い半分の注意が飛んできた。適当に相槌を打って、スマホの時間を確認する。バスはまだ間に合いそうだ。

「行ってきます。」

言いながら外に飛び出すと、隣の家からおばさんが出てきた。百恵のお母さんだ。

「おはようございます。」
「おはよう、合香ちゃん。今日学校?」
「はい、センターの自己採の報告です!」
「そうなのね、いいわねぇ、合香ちゃんのとこはこれで受験終わりだもんね。」
「へへ、弟くん、再来年でしたっけ?」
「そうなの、もう、百恵が居ないから合香ちゃん、よろしくね。」
「任せてください、じゃ、いってきます!」

寒空の下を一生懸命に走る。
まだまだ生きてやるんだ、とぐっと拳を作る。

「百恵、待っててね。」

いつかまたお隣さんになるまで、もう少し走ってみるよ。


分かたれた神話



元イメージ→イザナギとイザナミの神話

鶴葉の手控

Vtuberとして、山伏として。 日々忙しい鶴葉のてびかえ。 日記だったり、お話だったり したためていく場所です。

0コメント

  • 1000 / 1000