途中で飽きました。
へとへとの体に、追加の水を冷蔵庫から奪い去り流し込む。ごくごくとまるで好みの酒を呷るかのように水を流し込んでから一息つく。配信は切った、相棒のパソコンは早くも動画のエンコードを回しているためしばらく放置が必要だ。
「汗すっごい……」
返事の返ってこない関東の狭い根城で一人ぼやき、先までしっとりと濡れた髪を更に高い位置に結い上げる。何となく涼しくなった心地を得てから、重課に驚いて反応が鈍い足をバスルームへと向ける。ぱっぱと身に着けているものを順番に洗濯機の中へと放り投げて、新しいバスタオルをバッと広げて置く。先ほど結い上げた髪を解いて僅かに冷たさのあるタイルへ足を延ばす。
給湯器のいつも押すボタンに指を伸ばし、シャワーのコックを捻る。ヒートショックなんていう言葉が”この体”で起きうるかはともかく、18年間の人間時代についた癖は抜けないまま冷たい水を垂れ流すシャワーに足先を、手先を、ゆるゆると浸す。
「どあぁああぁあ……つかれた……」
徐々に体をシャワーで濡らせば溜まっていた疲労が、凡そその顔、身体に似合わない低く地を揺らすような唸り声となって官能的に響き渡る。嫌悪感は無いにしろ、なんだか間抜けて少し笑える。湯の温度はちょうどよくなった頃に高い位置にあるシャワーフックには踵を上げなければ届かないため、重課を終えた足をもう少し酷使する許可を貰う間もなく悲鳴と共に引っかけた。一度ここでふくらはぎを吊ったこともある、とても痛かった。
「ぶおぉぉああああ……」
またも唸り声が、いや、最早意味を持たない息が零れ落ち、汗でしとどに濡れていた髪から更に温かいお湯がぽたぽたと落ちてゆく。髪を切ろうかと思ったこともあったが、切ったら切ったで、またすごいスピードで伸びていくことが分かってからは積極的に切ることはしていない。ものぐさだと笑うだろうか、事実そうなのだから否定のしようがないなとわしゃわしゃと高純度の炎を思わせる髪を叩きつける湯に晒す。気持ちがいい、汗が流れていく感覚とかそんなものではなく、純粋に温かな水に包まれる感覚は人間的安心感を得る。
そういえば、と並ぶボトルに目をやる。以前酒の勢いか、動画を編集し終えた解放感かは忘れたが、夏の地肌を良く冷やすという冷感シャンプーを買ったことを思い出す。週に一度の頻度で使っていたがこういう日にこそ使うべきだと、一番右に置いてあるいかにも涼し気な薄青色のボトルに手を伸ばす。キャップを外してつまみを立て、二三振ってから頭皮に直接泡を乗せる。ざぁざぁ降るシャワーから少し頭を外して、しゅわしゅわと沸き立つ泡の音に、想定以上の涼感を覚える。じゃっじゃと泡を髪全体に馴染ませるように人よりも比較的小さめかなと思う手を広げて頭皮をマッサージするように掻き回せば、スッと頭皮が開放を喜ぶかのように涼しさに沸く。ん、とその冷たさに背筋が震えるものの、心地よさに胸が躍り、ぼたぼたと垂れ落ちる奔流を一度止める。白い泡に覆われたシャワーコックでさえも少し身震いをしているように見えた。
わっしゃわっしゃと長い髪に白い泡をまとわせれば、うなじ辺りまでひんやりとした心地を覚えて、ふわりと息をつく。上げれば軋む腕に苦笑しながら、ふんふん、とさらに掻き乱す。全体に伸びた泡が青い髪から滑り落ちてぽたり、ぽたり、とタイルを白く染める。足先でそれを悪戯に広げながら、お昼は何を食べようかと思案すればあれやこれやと思い付くものの一つに絞り込むことが出来ない。
「あ、そうだ、新しい金麦探しに行こ」
ぽん、とまるで答えが出たかのように大量の泡が足元に落ちてくる。ぼたぼたと続く泡の流れを助長するかのようにシャワーのコックを捻れば、だばだばと水と泡とが交じり合ってゆるゆると流れと重力に従う。長く質量のある髪をかき混ぜていた腕がしばし動きたくないと言わんばかりに謀反を起こし、そのままただただ温かな水を受けるだけの何かと化す。あーとかうーとか意味のない声を落としながらただ上から注ぐものに打ち付けられ、白い泡が消えて艶を出す青い髪がまぶしくて、目を閉じた。本当に疲れたのかもしれない、今すぐにでも瞼が開かなくなってしまいそうで、それに甘んじたい自分もいて、そして。
ぐぅ、と情けない音がバスルームに響いた。続くのは弾けるような笑い声だった。
「まぁ、お腹空いたよなぁ」
一頻り笑ったら、もう待てないと言わんばかりの空腹を何とかするためにわしゃわしゃと再度髪をかき混ぜる。ぐしぐしと髪の間に指を通して少し軋む髪がぎりぎりと首を引っ張らんと頭皮を引く。コンディショナーに逆の手を伸ばして二度、三度プッシュしてそっと髪に撫でつける。雑でごめんね、なんて言わないでたっぷりと油分を含ませるかのように、一本一本ずるりと愛を込めて嬲る。ぽたぽたと前髪から滴る雫がまるで泣いているように見える、とも思うことは無く、ただ汗とは違って心地が良いから更にシャワーの水へ顔を突っ込み汗で濡れていた顔に綺麗な水を注いでやる。じゃばじゃば、と頭蓋に直接叩き込むような奔流に僅かばかりの快感を覚えて、叩きつける水の中で呼吸がうまくできない苦しみを誤認する。
まるで人生のよう。
飽きた。
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