Virtual #2

やりたかったことができる、なりたかったものになれる。そんな世界にやっと入ってこられた。辛く苦しい日々はあれども、伸ばす腕があって、考える頭があって、それを許すひとたちがいる。

だから、絶対に失ってはならない。

伸ばした腕が、決断した頭が、大好きな人達が、再び離れないように。


「あ。」

「あ、鶴葉さん、こんにちは。」

「テンちゃん、久しぶりですね。」


元野生のイタチ、二貂理(したなが てんり)は大量のデータを運ぶ山伏の鶴葉に出会った。手伝う?と聞けばお願いしますと素直にその言葉に甘える鶴葉に苦笑が零れた。


「鶴葉さんとこ、頑張るねぇ。」

「いやぁ、情報がたくさん来るものですから。」

「お兄さん、だっけ?」

「そうそう、あちこち飛び回って小さいものを見つけてきてくれるんです。おかげで助かってはいるんですけどね。」

「と、いうと?」


貂理は鶴葉の言葉に首を傾げる。小さいものをちまちまと潰していくのは少し効率が悪く感じた。恐らくそれを一つや二つまとめていけば良いはずだが、それが出来ないほど場所が多岐に渡っているというのもあるだろう。そこまで考えた貂理は隣を歩く鶴葉を見ると、柔らかい視線を返された。


「私たちは個人で活動しています。あれこれ複数のお仕事を回すのは簡単ですが、それで潰れてしまっては元も子もありません。」

「あぁ、そういう……なるほど、たしかに論理的だ。」

「なので……そういう時のためのこれ、かと。」


鶴葉が足を止め、それにつられて貂理も同様に立ち止まる。そこにはたくさんの依頼が表示された電子掲示板が浮いていた。周囲には見知った顔がいくつかあるものの、その誰もが一人ないしは二人でいることが多かった。


「上から下ろされる仕事は、場所毎に最低5つほどの任務を任されるそうです。」

「そうなんですね……人数は?」

「一人だろうが二人だろうが三人だろうが、変わらないみたいです。つまりチームアップが前提です。」

「それは……結構大変そう。というか、わたしはちょっと、遠慮したい……。」

「激しく同意します。ですから、我々のような小さな依頼屋があるんですよ。」

「山伏が契約元に?」

「要は仲介業者みたいなお仕事ですね、いつもははは様にお任せしていますが最近ちょっと溜まってきましたから、私も動こうと思いました。はい、そこ、逃げない。どこ行くんです、テンちゃん。」


にっこりと笑った鶴葉が逃げ腰の貂理の肩をしっかりと掴んだ。要は今から彼女はこの量の依頼を1人ずつ手渡しでお願いして、更に後処理含めた報告書をお願いしようとしているのだ。残念ながらそれを分からないほど貂理も馬鹿ではない。更に言うならその少し前から嫌な予感はしていたのだ。天性の野生の勘は、この体に落とし込んでも発揮されていた。


「待って待って、鶴葉ちゃん、ほんと、無理、無理無理。」

「と……言いたいところですが、さすがに私としてもそれは悪いと思いましたし、私だってそんなことは苦手です。」

「……は?」

「ということで。」


そう言って彼女が指差したのは大きな電子掲示板の横の当たり、小さな建物が見えた。


「あそこに持ち込んで掲示をお願いすることにしています。」

「なぁんだ……びっくりした。」

「でもですね。」

「えっ。」


鶴葉は肩を竦めて胸の合わせの間から一つのファイルを取り出した。PDFファイルであることを視認した貂理は困惑しながらも手を出した。


「ちょっとですね……それをするために依頼者である私の経験値積みが必要でして。」

「……はぁ。」

「荷物番をするか、一緒に来るか。」

「二択?」

「帰るなんて選択肢は与えませんよ。」

「行きますぅ!」

「あ、でもちょっと待ってくださいね、さすがにデスクワーク系二人では不安なので待ち合わせをしています。」

「なら余計に私行かなくても良くないですか!?」

「あ、来た来た、こんにちはー!」

「鶴葉さんっ!」


むきーっと怒りを露わにしてしっぽと耳を立てる貂理をいなしながら鶴葉は視界に捉えた仲間に向かって手を振った。


「お疲れ様です、鶴葉さん。」

「やっほー、鶴葉さん!」


いかにもヒーロー然とした微糖命は律儀に頭を下げ、可愛らしい格好で男性の声を張り上げて手を振る巴澪。鶴葉と貂理の元にやってきた。


「あれ、イタチさんも一緒?」

「そうなんです、さっき会ったので。」

「良かった、鶴葉さんおっちょこちょいだからいざと言う時に……。」

「微糖命さーん?」

「へい、さーせん。」

「えっと……あの、お願いします、お二人共。」

「あ、そうかしこまらなくて大丈夫ですよ、私たち同期じゃないですか、ね?微糖命です、よろしく。」

「巴澪でーーーす!よろしく、テンちゃん!」

「は、はい、あれ……どう、き?」

「そうですよ、ここに居るのは全員2019年11月にデビューしていますから、2020年5月で半年に当たる同期なんですよ。だから気兼ねなく、ね?」


貂理はふと心が和らぐのを感じた。少なくとも全く知らない、繋がりのないヒトたちとの交流はやはり難しい。しかし彼らなら、と貂理は任務内容が書かれたPDFファイルを見つめた。


「鶴葉ちゃん。」

「なんです?」

「……ありがとうございます。」

「えぇ、なんです、急に、怖い怖い。それじゃ、登録してきますので少々お待ちくださいね。」

「コケないようにねー!」

「やかましいですよー!」


巴の声に言い返しながら走っていく鶴葉が程なくてしてすっ転びかけたのは言うまでもなかった。


*


「さて、まずは……それぞれの得意分野の確認からですね。」


徒歩での移動をしながらそう切り出したのは微糖命だった。


「基本的なステータスは共有していますが、私たちチームアップとかしたことないですものね。」

「巴も基本はソロだからなんともー。」

「わ、わたしは、情報処理が専門なので……!」

「けど、その割に……。」


言い淀む微糖命が貂理のステータスを見遣る。そのステータスはただの情報処理係としては勿体ないほどの数値が並んでいた。


「つか、そもそも鶴葉さんも貴方、絶対文官向いてないでしょ、それだけあれこれ持ち合わせてんのに。」

「私はリアルで同じことをしていますので。」

「鶴葉さん働き者だもんねー。」

「ねー。」

「わたしは多分、元が人間じゃないからだと、思います。野生のイタチなので。」

「そういうことか、納得。へぇ、イタチかぁ。」

「微糖命さん、イタチって書けますか?」

「……今それはいいでしょ、鶴葉さん。」

「へへ、すみません、つい。」

「巴さん、は……へぇ、声量、体力、うわぁ、すげぇな、これ。」

「巴は普通にそのまま体で当たって砕けろタイプだけど、後ろから後方支援もできるから、頼ってくれていいよー!」

「油断は出来ないけど、悪くは無いバランスかもしれないね、これ。」

「テンちゃんと会ったのは偶然でしたが、会えたらいいなぁと思っていました。もちろん会ったからには連れていく気も満々でしたし。」

「……性悪。」

「年の功ですぅ。」


笑い合う三人を見ながら、微糖命はふと任務内容に目を落とす。どうってことはない、ただの討伐任務である。仮想世界に発生するバグを取り除く、特別強い種や特別な種がいる訳ではない、いつも通りの任務だ。数多くの任務をこなしてきた微糖命にとっては取るに足らないものであることは自覚しているが、彼自身、チームアップの経験は無かった。多少の不安がその胸を支配するものの、確実に頭にあるのは油断への恐怖に違いない。


「微糖命さん。」


その手を握ったのは巴だった。


「あ、すいません……なんか、はは、チームだから緊張してますかね。」

「ぽいですね、巴も不安っす、正直。」

「歌、得意なんですよね?」

「え、あ、まぁ……そこそこ?」

「歌ってくださいよ、バフ掛けて欲しいなって。」


情けない言葉だっただろうか、そう不安になった微糖命の耳に飛び込んだのは明るく力強い歌声だった。


「……。」

「いいですよね、巴さんの歌。」

「鶴葉さん。」

「私はね、微糖命さん、結構同期の人達好きですよ。」

「今回私や巴さんを誘ったのは、鶴葉さんが不安だったからじゃないですよね?」


高らかに歌う巴の背中を見ながら、鶴葉は微糖命に笑いかけた。その笑みに、彼はずっと胸の中に蟠っていた疑問をぶつけた。


「お、気付いちゃいました?」


あっけなく答える彼女に微糖命は気が抜けたように息を吐いた。


「変に勘ぐるつもりは無かったんですけどね、なんか。」

「仲良くなりたかったんですよ、私。」

「……嫌に素直っすね。」

「酔ってるんじゃないですか?」

「テンちゃんじゃあるまいし。」

「ちょっと途中から誰も巴の歌聞いてなくない!?」


歌いながら先を行く巴が振り返ったその瞬間だった。彼の背後に迫る靄掛かった3メートル近い人影が姿を現し、三人が三人、別の動きをとった。貂理はその素早い動きで誰よりも早く影に迫り、足元へと滑り込む。それに数コンマ遅れながらも、微糖命は飛び上がって頭らしき場所にその拳を叩き込む。鶴葉は即座に翼を拡げて飛び、巴の体を抱き抱えてその場から離脱する。


「微糖命さん、足を、折ります!」

「オッケー!鶴葉さん!着地は任せます!」

「了解しました、巴さん、サポート、お願いします!」

「りょーかいっす!」


鶴葉が巴を地面に下ろすと、巴は走りながらすっと息を吸った。突如響き出した大音量の歌声は味方を鼓舞し、敵対する存在の意志を折るものだった。

貂理は滑り込んだ瞬間に自身の力、物を綴り創る力により具現化した短剣を発動させ、そのモヤの中の実体を斬りつける。グラリと傾く巨体から離れた微糖命の体を鶴葉が受け止め、炎の出力で無事に地面へと着地させた。


「貂理さん、いつの間に短剣なんて……。」

「綴って創る能力、でしょうね。体の形成時に能力として備わったのでしょう、おそらく、ですが。」

「この短時間で……。」

「微糖命さーーーん!!頭、とってーー!!!!」

「お願いします、私はテンちゃんの回収を。」

「了解。」


立ち上がった微糖命は、即座に青い炎が貂理を抱き上げ靄の中から飛び出してきたのを確認した。倒れ込むその巨体を、目の前にグッと拳を握り締める。耳に残る巴の歌に合わせて、脈動を感じた。


「おっしゃ……やるぞ……!」

「微糖命さん!」

「お願いします!」

「やったれー!」

「おう!」


三人の声が飛び、そして微糖命の拳が倒れかけた巨体の頭に向けて、その拳が振り下ろされた。


「食らい、やがれー!」


*


「というわけで、無事に任務を終えて戻って……いたぁい!?」

「というわけだも何もない、無断で行かない、約束でしょう!」

「はは様……。」


後日無事に鶴葉の能力は認められ、彼女の持ち込む依頼は仲介の山伏を通しての依頼であり、上の許可を得ることが出来た。しかしそれをあろうことか、彼女は身内にすら言ってなかったのだった。


「もう……何かあってからは遅いんだよ。」

「体を動かしたかったですし、お友達と一緒に……ね?」

「鶴葉。」

「……はい。」

「その人たちは、貴女にどこまで寄り添ってくれる?」

「寄り添ってくれなくても、それでも……私が、共に戦いたいと思った同期、友人なんです。」


鶴葉はそう言って微笑み、仕事仕事と呟きながら奥へと消えていった。


「ははうえー?」

「……待って、雪輪、今こっち来ないで。」

「泣いてる?」

「鶴葉がぁ……成長してた……。」

「赤飯、炊く?」

「そういうんじゃない!まだ娘は嫁にはやらん!」


そのような騒ぎを聞きながら、鶴葉は連絡を取るために支給されている端末を操作していた。


『またいつか、チームで戦わせてください。』


送信を終えたことを知らせる端末で口元を隠して、鶴葉はふふっと堪えられない笑みをこぼした。




二貂理さん【‪@tenri_sitanaga ‬】

微糖命さん【‪@vitolife03 ‬】

巴澪さん【‪@MioTomoeV ‬】

デビュー半年おめでとうございます!

鶴葉の手控

Vtuberとして、山伏として。 日々忙しい鶴葉のてびかえ。 日記だったり、お話だったり したためていく場所です。

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