【どーるさん2周年】凧のような貴方【#鶴葉書】

最初に連絡を受けたのは灰鯉にぃさんだったと聞いた。夜の約束になかなか来ない眼隴くんを心配した灰鯉にぃさんが、異常を感じて私たちに連絡をしてきた。

「御山での異常では無いと思う、シロ様の異常を感じていないからね。」
「それは、何よりですが……では、眼隴くんは一体どこに?」

雪輪ねぇ様は私たち山伏の中では誰よりも御山に関する以上に鋭い。こういう時にはいの一番に異常の察知をしてくれる。しかし今回はそれでは無いらしい。そしてそんな私たちを見ていた冬萌ちゃんが、震える声を出した。

「姉さん達、あの……かぁ様とも、連絡が、とれません。」
「……え?」
「二人でどこかに行って巻き込まれたって考えた方が良さそう。」
「えぇ、灰鯉にぃ様に連絡をします。私は初動をと、れ……いや、雪輪ねぇ様早いですね!?」
「私も追います、鶴葉姉、あとで追っかけてください!」

私は灰鯉にぃ様への連絡を、雪輪ねぇ様と冬萌ちゃんは動きも足も早いので初動をお願いした。灰鯉にぃ様は私にひとつの腕輪を渡してきた。

「鶴葉、最悪のことを考えておけ。」
「灰鯉にぃ様、一体、何を?」
「分からないけど、とりあえずこれを渡しておく。雪輪姉さんに渡してくれ。あの人の力であれば、きっと俺のところにすぐ繋げられるはずだ、そういうものを作っておいた。」
「っ、何のために!」
「落ち着け、お前がここで激してもしょうがないだろ!」
「っ、はは様が、眼隴くんが……私、居なくなったら……どうしたら……。」
「馬鹿だな。お前の、そして俺たちの、母親だぞ、あの人は。それにあの人の希望を一心に受けて生まれた子が近くにいて、母さんの心が折れるはずがない。……今は姉さんや冬萌が走っているんだろ?」
「灰鯉にぃ様……。」
「行け、鶴葉。最終的に、お前の力が必要になるはずだ。雪輪姉さんも冬萌も、眼隴くんにも出来ないけど、お前ができることがある。」
「……はい、分かりました。行ってきます。この腕輪は、雪輪ねぇ様に渡せば分かりますか?」
「あぁ、姉さんなら直感的に使えるはずだ。」

灰鯉にぃ様に回復の結界をお願いして、私は雪輪ねぇ様の気を追う。火と日で似通った力を持つ眼隴くんの気を追おうとしても、それが難しいことが何より不安を煽った。しかし先程の兄の言葉を思い出して今一度足を止めて周囲を見渡す。

「眼隴くん……はは様……どこにいるんですか……?」

失うこと、それが何よりも怖い。恐らくこの中で何よりもそれを恐れて六十数年生きてきた。この命をつなぎ止めてくれたのは他ならないはは様なのだから。暑い夏の夜、じんわりと背中を流れる汗が気持ち悪い。そういえば、私が家族と離れた日もこんな気温だったっけ。刹那。

「離せぇッ!」

空に響いた雪輪ねぇ様の声に私は反射的に走り出した。程近いところ、小さな裏道にそれは居た。暑い夜をドライアイスで冷やしたかのような気温の急降下に反射的に炎を撒いた。

「……家族に、触るな、下衆が。」

消えた炎の先、そこには力を失った雪輪ねぇ様、そして眼隴くんとはは様の姿があった。

「雪輪ねぇ様、雪輪ねぇ様 。」
「鶴葉……ごめん、ありがとう……。」
「ねえ、さん……?」
「眼隴くん!」

立ち上がろうとしていた雪輪ねぇ様に肩を貸し、彼女の体に触れて僅かに治療を施す。大きな怪我は無いものの、力の消費はかなり激しく見える。そして小さな助けを求める声に、私と雪輪ねぇ様は同時に動いた。僅かに意識を取り戻した眼隴くんに手を翳せば、垂れ下がった耳がぴんと力を取り戻した。

「眼隴くん、大丈夫?」
「うん、やっぱり……鶴葉姉さんの力はよく馴染むね、よし、うん。」
「あ、それから……雪輪ねぇ様、これ。」
「あぁ、灰鯉から?」
「使い方は渡せば分かると。」
「うん、大体分かった。眼隴くん、動ける?」
「なんとか。けど、母さんが……。」
「鶴葉、母上、どう?」
「無理ですね……私の力では、なんとも。私は焼いて殺すことはできますが、最終的には兄さんの癒しの力が無ければ……。」
「だよね……あ。」
「姉さん早すぎですよぉ……。はっ、眼隴くん、はは様!?」

遅れて到着した冬萌ちゃん、そして眼隴くんに雪輪ねぇ様と私は同時に振り返る。凶悪な異の気配に三人の輪が音を響かせた。一刻の猶予もない、そう言っているような気がした。

「鶴葉、頼めるね。」
「えぇ、そのつもりです。殿は、私が。」
「よし。冬萌、私のサポートをお願い。灰鯉の所まで水を繋げる。」
「任せてください。得意分野です。」
「任せた。眼隴くん、母上を頼んだよ、しっかりね。」
「了解です、担いで走ります。」
「よし……行くぞっ!」

三人の声が重なり、力を失ったはは様の体を眼隴くんが担いで走り出す。跳ねる水飛沫とそれに続く心地よい冷たさが、安心感を覚えた。
雪、氷、水、日。良くも悪くもうちの家族は皆優しい属性を持っている。ただ、私は違う。
優しさ、諦念、寂しさ、希望。甘く柔らかい感情などでは得られないこの力を振るうのは、やはり、私でなくてはならない。

「うちの……母親を、よくも、傷付けてくれましたねぇ。」

振るった薙刀は、黒い影へと光を灯した。

*

「いや、ほんとごめんね、油断したよね。」

あっけらかんと笑うはは様に笑い返す家族は誰一人としていなかった。空気感に耐えられなくなったのか、はは様の空笑いの声が途切れたタイミングで雷が落ちた。

「なぁにが油断した、だぁ、この脳みそおっぱい!」

激しい怒りは雪輪ねぇ様のものだった。いつものらりくらりと交わしている彼女のこんな声はなかなか聞かないから、聞いている私たちですら少しぞくりと背中を震わせる。

「いやぁ、ほんとごめん……こんな大事な時期なのに、ほんとに……。」
「ごめんで済んだらこの世の中もっと単純だろうが!」
「姉さん、どうどう……。」
「黙ってな、灰鯉!この分からず屋には一旦お灸を据えないとってずっと思ってたんだよ、あんぽんたん!」
「姉さん姉さん。」
「どしたい、冬萌ちゃん。」
「雪輪姉さんはちょっと語彙が可愛いですよね。」
「まぁ……言葉で対話しようとしているからいいんじゃないですか?私だったらそのまま火をつけるので。」
「ちょっとそこ2人の話も聞こえてるからね!?熊鍋は嫌よ!?」

あの日、はは様は一人でまたふらふらと出掛けたらしい。それを見咎めた眼隴くんが着いて行ったら、黄昏時に異に襲われた、らしい。事の顛末は本人たちもよく覚えておらず、私たちの知る由もない。ただ、雪輪ねぇ様の怒りはもっともだと私も冬萌ちゃんも、灰鯉にぃ様も眼隴くんもきっと思っている。

「……もう、二度としないで。こんなこと。」
「うん、ごめん。反省してる。」
ベッドに横になっているはは様に、縋るように手を握る雪輪ねぇ様。私たちもそっとベッドに寄り添う。すると。
「よし、やれ。」
「はぁい、えいっ。」

雪輪ねぇ様の言葉と同時に小さな氷柱がはは様の顔を直撃する。

「つっっっっっっ!?」
「まだまだ行っくよー。」

氷柱の嵐の直後は小さな火の玉がちりちりとはは様の鼻を走る。

「あついあついあついあつい!?」
「まぁ……今回は、なぁ。」

火の玉を消すかのように大量の水がざばりとはは様を襲う。

「へぶぅっ!?!?」
「冬萌、鶴葉、灰鯉、よくやった。それにしても、眼隴くんは優しいなぁ。」
「僕は今回はパスで……。」

私たちの怒りの鉄槌を食らったはは様はそれでも少し嬉しそうに笑っていた。

「もう……嫌ですよ、かあ様。無理も迷子も、程々にしてくださいよ。」
「うん、気をつける、ありがとね、冬萌。」
「私も大概ですけど、あんまりポカを続けるとそのうち本気で熊鍋にしますからね。」
「ごめんね、鶴葉、熊鍋はお願いだから勘弁して。」
「じゃあ熊鍋にする時はいい水を用意しような。」
「灰鯉ぃ……。」
「母さん、守れなくてごめんね。」
「ううん、私もしっかりしてなくてごめん、眼隴くん。」

私たちそれぞれの言葉がどれほどはは様に伝わったかは分からないけれども、きっとそれでもこの人は無理をするしふらりと居なくなる。だから私たちが、ぎゅっと掴んでいようと、そう改めて思った。



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はは様、2周年おめでとうございます!
お祝いになるかどうか分かりませんが!

久しぶりに山伏書きました。

鶴葉の手控

Vtuberとして、山伏として。 日々忙しい鶴葉のてびかえ。 日記だったり、お話だったり したためていく場所です。

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