夢小説みたいな何か。
今日は優しくしてアピール。
「すみません、お買い物まで付き合っていただいてしまって……。」
見慣れた袴姿ではない洋服姿の鶴葉から連絡を受けたのが数分前。雨が酷いので車を出して欲しい、という願いに従って二人でほど近いところにあるショッピングモールで買い物を終えたところだった。少し元気がないように見えるものの、いつものように新しい味のお酒がないかと物色していた辺りは特に変わった様はなかった。
「ちょうど出掛けてたし、素直に言ってくるのも珍しいと思って。」
「雨はいかんですよねぇ、あとビールがもう残り少なかったので。」
「……まぁ、そうだな。」
「嘘ですよ、会いたかったんですって。」
「ほんとかなぁ。」
くすくすと笑っていた彼女の足が不意に止まる。つられて足を止めたら、その青い瞳はぼんやりとショッピングモールを見つめていた。
「鶴葉?」
「ねぇ、今、私がこのショッピングモールに、火を放ったらどうなるんでしょうねぇ。」
思わず耳を疑った。まるで、雨が止んで良かったですね、みたいな調子で至極恐ろしいことを彼女は口走った。
「な、に……言って……。」
「簡単だなぁ、と。なんとなく建物の構造は分かりますし、炎の薙刀を少し大きく成形して入れ込んで、そして羽で何度か風を送れば、燃え上がるんでしょうねぇ、地獄絵図ですよ。」
ははっと軽く笑いながら止めた足を再び動かし、自分の横を通り過ぎようとする鶴葉の腕を反射的に強く握っていた。
「冗談でも、そんなこと言うな。」
「……なんです、マジになって。」
「お前の炎を、そんな風に……そんなふうに、使うな。」
「は……?」
「お前の全てを奪った炎とお前の炎は違う、同じにするな。」
「何が分かるんですかっ!」
びりり、と空気が揺れる。休日のショッピングモールだが、このご時世だ。人はそう多くなかったのが幸いだった。心無しか青かった鶴葉の顔に赤が差す。久しぶりにここまで怒っているところを見たような気がして、ふと思い立った。彼女はそんなことも意に介さずに噛みつかんばかりに睨みつけ、掴まれた手を振り払った。
「あなたに、何が……何も失ったことの無いような、平凡な貴方が、全てを手に入れることにしか興味のないような人間の貴方がっ!」
「……。」
「私の……わたしの、全てを奪った炎と私の炎が、一緒じゃない?一緒ですよ、何一つ変わらない、私が奪うことと奪われることしか出来ない、何ひとつとして私の大切なものは、残らない、いつか私は……っ!」
つ、と零れた涙にも、どこか自分でも不思議なくらいに冷静だった。振り払われた手をもう一度伸ばして、威嚇をする彼女の手をもう一度掴む。引き寄せる。
「今日何日目?」
「え……?」
「そろそろでしょ。」
「……ふつか、め。」
「分かった。帰ろう、夜は作るから。血になるものと元気になるもの、ビールも飲もう。」
「や、ちが……ちがうんです、ちがくて……。」
「ん?」
「ちがう……んです、我慢しなきゃって……。」
ここまで来て強がるのは愚策だと気付かないことが、少しだけ愛おしく感じる。ぼろぼろと止まることを知らない彼女の涙を掬うことはしないでぽん、と一度だけ頭を叩く。目立つから、とわざと黒に変えている髪が少しずつ本来の色を取り戻しつつあった。
「恋人にくらい、甘えて欲しいんだけど。」
「ぬぅ……。」
どんな鳴き声だ、と笑い飛ばせば涙で濡れた顔が少しだけ明るく色付く。帰ったら、レバーでも食べながらビールを飲ませて、涼しい部屋で寝かせよう。そう決めて、意地でも離さなかったエコバッグをひったくって車のロックを解除した。
月に代わって。ふつかめ。
吐きそう(ダブルミーニング)
0コメント