「ん。」
差し出されたコップにありがとう、と声を掛ければふいと顔をそらされてしまった。
「ねぇ。」
「ん。」
「なんか、距離感じる。」
「いや、は?」
「おちゃ、こっち見て。」
「るせぇ、見んな。」
世間はどうかは知らないけれども、彼は案外恥ずかしがり屋なところがある。そして少しだけ嫉妬深い。見ていた配信が再生されているタブを消して貰ったコップを片手に、ソファでいじけた様子の彼に近付く。
「ごめんて、ほら、鶴葉さんの配信だったから。」
「いや、別に俺なんも言ってない。」
「顔が拗ねてた。」
「うっせ。」
体を寄せれば、徐々に座っていた体が崩れていく。ソファに横になったその姿は少しだけ何かを感じるが、それよりもずっと大きな可愛らしさが襲った。
「ほんっと、可愛いな、お前。」
「なんだよ、泣かすぞ。」
「今のおちゃには泣かされる気がしないわ。」
「あ?」
「嘘だよ。」
「……お前、なんか今日調子乗ってて凄いなんか、やだ。」
「褒め言葉?」
「けなしてる。」
明日はちょっとだけ早起きをして配信しますね、という推しの言葉を無視することを決意する。今日はちょっとだけ甘えさせてあげるのも手かもしれない。
「おちゃくんよ、ちょっと楽しいことしようよ。」
「……なに?」
「ソイチューバーナワバリでキル数少ない方が明日の朝ごはん。」
「乗った。」
「今日俺がモニターね。」
「え、いや、俺じゃん。」
「なんでよ、ハンデちょうだい?」
「はぁ!?」
可愛く、あざとく、と意識してやると、ぐっと顔色が変わったのが分かった。ちょろいな、と思って自分のSwitchを取りに行こうとコップを置こうとすると、彼の震えた声が飛び込んできた。
「夜食もありなら、モニター使わせてやる。」
テーブルに乗り損ねたガラスのコップが音を立てて床に落ちて姿を変えた。気を使って入れてくれていた氷もあちこちに飛び散り、おちゃの悲鳴も同時に聞こえる。
「おま、え……なぁ!?」
「それ、お気に入りのコップだったんだが!?」
「うるせぇ!」
「あぁ、もう!」
キレ散らかす互いの声に隣の部屋から若干の抵抗の意が聞こえて、口を噤む。お互いに睨み合った直後に、顔を見合わせて同時に吹き出した。
次の日、俺たちは互いに推しの朝の配信は見逃して、昼過ぎにコップを買いに行った。ちなみに、夜食も朝御飯も、俺の担当なのは未だになんか納得がいかない。
お茶の色
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おちゃいろ
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