きらきらしているものが好きだった。
「雪輪ねぇさまは汗がきらきらしているんですよね。」
「鶴葉、それ褒めてる?」
「逆に雪輪ねぇさまが汗かかずにあれこれしている姿をあまり見ないのですが。」
「なんの逆?え?急に金麦片手に部屋に現れてこの子何言ってるの?」
「ということで、雪輪ねぇ様もきらきらです!好き!じゃ!」
ばたん、と扉を閉めればしばらく経った後に何やら叫び声とともに「鶴葉が壊れた!」という伝達が成される。私は上機嫌に缶を呷りながら、ゆるゆると次の目的地へと向かう。日本家屋特有のギシギシと鳴る床をできるだけ軽やかに、そして、月光に照らされる結露をきらきらさせている青い缶を持ちながら。
「おーっす、お邪魔します。」
「……来たな、狂人。」
「そうです、鶴葉さんですよー。さて……。」
とんとん、と軽くノックはしたもののもちろん返事は聞かなかった。血は繋がって……居ないようで居そうだけど、とにかく家族の異性の裸を見る覚悟もあった。でもきっと雪輪ねぇ様の情報発信から私が来ることは予想済みだろう、灰鯉にぃ様は椅子をくるりと回してこちらを見た。というか、灰鯉にぃ様って男女とかじゃなくてオスメスって判別になりそうですよね。
「んー、灰鯉にぃ様はお水できらきらしてますものね。そもそも鯉の状態の時も鱗きらきらですものね。」
「きらきら?」
「はぁ、ずるいなぁ、生まれながらにしてきらきらに住んできらきらなのかぁ、これが生まれも育ちもってやつですね、ははーん。じゃ。」
「いや、ちょっと、おい、流石に待ってくれ。」
「大丈夫ですよう、嫉妬はしますけれどもちゃんと灰鯉にぃ様のことも好き、ですよ。」
「そうじゃなくて、お前飲みすぎなんじゃ。」
「……。」
ちらりと高い位置にある整った顔を見上げれば、ぐっと言葉に詰まった様子を見せる。私と灰鯉にぃ様はまるで正反対なところが時たま顔を見せる。
水と炎。
神と人。
望んで得たものと望まずに得てしまったもの。
「ポケモンだったら優位は僕にあるんだが。」
「いやですねぇ、そしたら私だって冬萌ちゃんや雪輪ねぇ様にもばつぐん取れちゃうんですけど?」
「……まぁ、いいや。」
事を構えるかと少し身構えたけど、そういうことはなかったらしい。最近暴れたりないと思っていたところだったので、なんだ、ちょっとつまらない。山伏の中では成り立ちゆえに、安定性がみんなちょっと違う。中でも鬼の血筋の雪輪ねぇさまと生まれながらに神に近い灰鯉にぃ様はやはり安定しているところがある。
「たのもー!貴女のお姉さん、鶴葉さんですよー!」
「きゃー!姉さん待ってましたー!」
「もうやっぱり冬萌ちゃんくらいですよ、そうやって迎えてくれるのはー!大好きー!」
「私も、姉さんのこと、だーいすき!」
その点、私や冬萌ちゃんは不安定なことも多々ある。年長の二人に比べて、怨念や後悔、悲哀や諦念なんかが元にあったりするとどうしても力が揺らぐことはある。雪女であった冬萌ちゃんは冷たい水の中でその力を得た。そういう意味では、灰鯉にぃ様より冬萌ちゃんの方が成り立ちは近いところがあるのかもしれない。でも私とはやはり違う。
「冬萌ちゃんはねぇ、お声がきらきらしていますよね。姉さんって呼ばれたらきらきらしてきます。」
「姉さん。」
「はい、今きらきらしてます、私、ジャストナウ、きらきら!」
「姉さんはきらきらしてないんですか?」
「……うん、今はね。」
不思議そうに見下ろす妹の頬をむぎゅっと摘む。私が触ったら溶けてしまうんじゃないかと当初は触ることすら申し訳なさを感じていたけれども、彼女の肌は心地よい冷たさを私に教えてくれる。愛おしさのまま摘んだ頬を戻して、すりすりと掌で撫でれば気持ちよさそうに目を細める。うちの妹は世界一可愛い。
「姉さんもきらきらします?」
「うん、そのために家族のきらきらを摂取しています。」
「そっかぁ、じゃああとは?」
「眼隴くんとはは様。なわけで、行ってきます。」
「いってらっしゃい。終わったら、ゲームします?」
「するー!」
えへーっと笑ってまた缶を呷る。さっき炬燵で温まっているところを確認済みなので、急がないと。愛しの妹とゲームの予約が入ったとなればできるだけ早いうちにきらきらして行きたい。きらきら。きらきら。
「どうも、今すぐ君たちのきらきらを出さなければ、今書いている予定のふゆたずSSが一ヶ月更新が遅れます!」
「母上の日本酒の水面!」
「はい、眼隴くん、早かった!しかし足りませーん!」
「本当に壊れてんのね、大丈夫?まま、座りなよ。」
「おこたぁー!」
さぶさぶと炬燵に入れば、お笑い番組をやっているテレビが目に入る。背景がぴかぴかとしていて、人工のきらきらが目に刺さる。ついつい、と眼隴くんが音を落としてくれて、やっと二人に向き直った。
「寒いですね、最近。」
「ねぇ、やんなっちゃうわ。」
「母さんも僕も毛皮ある方が温かいかもね。」
「眼隴くんたぬきモードで湯たんぽにして抱きしめて寝たいです。」
「はは、鶴葉姉さん、胸平たいから寝やすそう。」
「……おん?」
「ごめんなさい、失言です。」
絶対わざとでしょ、とは言わずに眼隴くんを見れば、こてんと首を傾げる。本当に顔だけ見たらショタなんだけどなぁと思いつつ、それでも彼を見ると思うところがある。
「眼隴くんはさ、生まれがきらきらですよね。」
「生まれ?きらきら?」
「うん、可能性の塊、願いの塊。ダイマックス。でーでーでーでれれれでっででー。」
「うーん、僕ポケモンやってないけどそれダイマックスの曲?」
「え、すごい、よく分かりましたね。」
「まぁね。そっかぁ、まぁ僕は姉さんたちとはちょっと違うから、そう見えるだけかも。」
「でも自分の持ってないものは、きらきらして見えるから。」
「それは確かに、僕ちょっとお揃いの輪っか羨ましいもん。」
「じゃあ今度冬萌ちゃんとアルミホイルで作ってあげますよ。」
「……せめて鶴葉姉さんいるなら、金属溶かすとかやってくれてもいいんじゃない?」
「そこまで高温だしちゃうとほら、燃費が、ね?」
えーアルミホイルは、と苦笑する眼隴くんは置いておいて、私は母に向き直った。
「はは様は、作るものがきらきらですね。」
「ほう?」
「絵も文章も、何もかも、はは様が創るものはすごく眩しくて優しい。」
「そう?」
「だから……たまに、苦しくなります。身を削ってるんじゃないか、大変じゃないかって。それだけのきらきらをするには眠れない夜もあっただろうなぁと。」
「あれね、ボディビルの大会の掛け声みたい。」
「やっぱりきらきらですね。よし、二人に聞けて満足しました。私は金麦飲んで、冬萌ちゃんとゲームして寝ます!」
「鶴葉は?」
こたつから出ようとした私を呼び止めたのは、はは様の優しい声だった。
「鶴葉はきらきらしてないの?」
きらきら。テレビ番組で見るアイドルや動画や配信で見る数多の配信者さん。それに身近な友人たち。みんなどこかが光って見えて、苦しくなることがある。あのキラメキは私には無いものだと拒絶してしまう。でもたまに、それに匹敵するほど輝く時もある。体は誰よりも馴染んでいて、心が誰よりも狡いからだ。
「今日はきらきらしない日です。」
きらきらしいるものが好き。
私は哀しみを背負って歩く。
飛べない夜は星が輝く。
今日は少し寒い夜だった。
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