山伏次女と三女
「素敵な色ですねぇ。」
ふわふわと気持ちよさそうな声を出しながら髪色と同じ缶を呷る姉はテレビに映った花を見て笑う。
姉、というと少し語弊があるのかもしれない。何せ私たちは普通の家族とは違うし、そもそも人間とも異なる。それでも母である存在は"母"であり、実年齢だとかそういうものは分からないけれど、成り立ちとしては先に成った目の前のロリ顔のそれは姉である。
「勿忘草?」
「冬萌っち、全部読めます?」
「えー……んー、しゃくやく、ききょう、きんもくせい、とりあえずは読めますけど。」
「さっすがー。」
「鶴葉姉、勿忘草好きなの?」
「え、何故です?」
「いやだってなんか……勿忘草だけすっごい情感たっぷりに感想を呟くもんだから。」
「……おやまぁ。」
驚いた、と言いたげな顔に少しムッとする。確かに私はこの山伏の中ではまだまだ未熟だけど、そういう機微にはこの家族の誰よりも目敏いつもりだった。それを言うに事欠いてこのデリカシーの欠けた金麦馬鹿に驚かれるだなんて心外中の心外、少しキレそうになる。
「なーんて冗談ですよ。」
「鶴葉姉は分かりにくいんだよ。」
「簡単に分からせても仕方ないでしょうに。」
「これだから元人間は。」
「あ、それ地雷ですよ、地雷、うわぁ、地雷原でタップダンスですか、ガラルバリヤードさんに冬萌ってつけますよ。」
「はっ倒すよ。」
ジト目でじろりと睨んでも、ヘラヘラしている姉は変わらずに缶を呷る。今週は減らすって言ってたじゃん、と30分前に空けられた缶を見遣る。
これ以上話しても仕方ない。そう思ってテレビに意識を向けようとすると、小さな溜息と共にかたんと音がした。
「昔、ね。似合うねって言われたんです。」
「……勿忘草?」
「えぇ。当時はまだ黒髪黒目のどこにでもいる純和風の女の子だったのに、ふと……高校の時の、そう、英語の教科書に載っていたんです。」
「ふうん。」
「勿忘草、英語でなんて言うかご存知ですか?」
「えーっと……ううん、ごめん、知らない。」
首を横に振る私に鶴葉姉はまるで内緒話をするかのように呟いた。
forget-me-not
「私を忘れないで?」
「花言葉とも共通しますし、日本語名の漢字とも意味は共通しています。でも妙なんですよね。」
「妙って?」
「英語圏の文法と合致しないんですよね、普通ならDon't forget me とかって言えばいいのに。」
「う、うん?」
「私を忘れてって言ってからその後に否定をくっつけてくるの、ちょっとまどろっこしいと思いません?偏見ですが、そういうの英語圏の人嫌いそうじゃないですか。」
「あー……たしかに。」
「忘れて欲しくないけど、相手を想って忘れてくれと言い、でもやっぱり……なんていじらしいですよね。」
「鶴葉姉。」
「はい?」
その青い髪に手を伸ばす。思った以上に小さなそこを数度撫でれば、大人しく撫でられたままになっていた。
「私は忘れないよ、かあ様も雪輪姉も灰鯉兄も眼隴くんも。」
「……別にそういうことじゃないんですけどね。」
「鶴葉姉、金麦飲みすぎてブルーな気分になってるんじゃないの?」
「缶の色だけにって?やかましいばい。」
少しだけ元気がなかった理由が分かってほっとした。さっきの買い出しの時にスーパーで目を奪われていたのは新しいお酒ではなかったのだ。きっとその視線の先には年老いた背中があったのだと今なら分かる。
ダブルパンチ。
少しだけ今日は優しく労わってあげようとそう思った。
「鶴葉姉、私にもビールちょうだい。」
「……やです。」
いたずらっぽく笑いながらも勝負を挑む青が少しだけ黒だった頃を想った。
Forget-Me-Not
冬萌ちゃんとお話できるの楽しみです。
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