その日、さんささんは依頼を受けに来ていた。YouTube内のバグやAIの暴走を監視する機関はいくつもあるが、そのどれもが機関内で処理することが多く、彼のような個人は自分で処理対象を見つけなければならかった。しかし今回はそんな彼を見越した上での依頼だった。
「すみません、お待たせしてしまって。」
山伏、それは俄に名前を上げ始めている個人の調査集団だがその実態は案外知られていない。あちこちにアンテナが張り巡らされているのか、至る所の小さなバグや不具合を見つけてきては個人の処理班へと回してくる不思議な集団である。
今回直接さんささんに依頼をしてきたのはこの山伏の次女、青い髪に桃色の袴が特徴的な少女、鶴葉だった。
「それにしても、さんささんがお時間あって良かったです。」
「い、いえ、僕なんかでよければ……。」
「あ、もしかして緊張されてます?」
「……まぁ、人並みには。」
「えっと……すみません、冷蔵庫に金麦と焼酎しかなくって、あ、カルピスでも飲まれます?」
「大丈夫ですっ!」
ですよね、と曖昧に笑いながらも鶴葉はさんささんに依頼のファイルを差し出した。ちゃっかりしているなぁというさんささんの気持ちを、彼女が理解しているのかは分からない。
「今回お願いするのは、縛りを加えてくるカードゲームAIの処理です。」
「……え、なんて?」
「今回お願……。」
「そこじゃなくて、その後です、カードゲームAIの前に付いてた、なんか、修飾語。」
「あぁ、縛りを加えてくる、ですね。」
「縛り?」
「よくある事なんですよ。」
「よくあるんですね。」
「私も何体かやりました、大変でしたよ。」
「鶴葉さんもやられているんですね。」
ゆったりとしたスピードで、しかし確実に鶴葉はさんささんに依頼の内容を伝える。
今回はTCGと呼ばれるゲーム分野において発生した対戦型AIの暴走を処理するという依頼だった。TCG自体はさんささんの得意分野であったし、対戦型AIとの勝負もそこそこやっている。
「うちの人達はみんなカードゲームはイマイチなので……一応私もポケモンとかデュエルとか、やってみたいなぁとは思っていたのですが。」
「始められるんですか?」
「えぇ、紙媒体でちょっとやってみたいなぁって。でも情報源……兄、なんですけど。兄が言うには、ただの勝負じゃないらしいんです。」
「それが、その、縛り?」
「はい。それで色々調べたところ、どうやら……さんささんが以前やってらっしゃった縛りにいたく似ているらしいんです。」
「僕の、ですか?」
「突然の置換を利用したクソデッキ。」
「っ、はぁ!?」
思わず声を上げるさんささんに、鶴葉も苦笑いを零す他なかった。カードゲームに明るくない彼女にとって、何がクソデッキなのかは分からないが、どうやらやった本人すらこの反応になるレベルらしい。それは嫌がるに決まっている。
「でも今回はその、さんささんはお気に入りのデッキを使っていただいていいですし、最悪本体を攻撃してしまえば良いというのもありますから。」
「あっ……なる、ほど?」
「MTG初心者の私じゃお力になれなさそうですので一緒に行くことは叶いませんが。」
「……そうですよね。」
「お受けしていただけますか?」
不安そうに聞くその姿に、さんささんは首を縦に振る他なかった。その後正式に依頼としての署名をした後に、彼は鶴葉から1羽の折り紙の鶴を受け取った。
「よろしければこちら、お守り代わりにお使いください。願えば大抵のことは叶えてくれると思います。」
「お守りアイテム、みたいな?」
「はい。ただし、私、鶴葉の知っている範疇だけでのみ効果を発揮します。」
「了解、とりあえずあんまり使わないようにして帰ってきます。」
そう言って、さんささんは小さな事務所を後にしたのであった。
*
「さて……そうは言われても、スニークショーでメッタメタにしたって面白くないしな。」
自身のお気に入りのデッキを並べてみてもしっくり来ない。それどころか以前動画を撮った時のあのデッキが頭をチラついた。クソデッキ同士の殴り合いはどっちに軍配が上がるのか、少し試してみたい気持ちもあった。彼が選んだのは当時と寸分も違わない、同じ75枚のカード編成だった。
「っしゃあ、やったるか。」
指定されたエリアに足を踏み入れれば、次の瞬間に背後で何かが閉まる音が聞こえる。こういったTCGを元にしたAIの暴走は他者の妨害を激しく嫌う性質があるために、エリアを隔離することはさんささん自身がよく分かっていた。
エリアの隔離、そして続いてカードゲーム特有の盤がせり上がってくる、と予期していた彼の体を、実態のない手が襲う。
「ぐっ、……ぅ、はっ、待て待て待て、いきなり、僕、本体、……っ、ぁ、あぁっ……!」
うねうねと体の中に入り込む手が何かを掴み引き出す。それは彼が持っていたカードに描かれたクリーチャー、ザンティッドの大群に他ならない。
「ちょっ、待て、それ……唯一の……っ、クリーチャー……!」
しかし手を伸ばそうにも体が動かず地に膝をつく彼に、飛行種のクリーチャーが襲いかかる。一瞬の隙をついて投げつけた相殺のカードがカッと光を強く放ち、そのクリーチャーは音もなく消えていく。
「こんなの、TCGどころの話じゃねぇ……どうなってんだ、くそ……!」
たまたま懐に忍ばせていたデッキ外のカードすら有効に使えるこのエリアを、さんささんは苦虫を噛み潰したような気持ちで見遣る。
何よりもルールを大切に重んじてきたからこそ、この冒涜は許し難いものがあった。
「……許さねぇからな。」
万が一、億が一。そう思って常に懐に忍ばせているカードを握りしめる。始まりであり、目標であり、そして、愛し続ける夢の形だった。
「出てこい、絶え間ない飢餓、ウラモグ!」
咆哮、振動。立ち上がった凶悪な形に、エリアがばりばりと壊される。傍から見れば突如恐ろしいクリーチャーが現れたようにも見えたかもしれない。
「やってやろうじゃねぇか、コノヤロウ!」
数多の手と足とで粉砕されていくエリアの中に、ゆらりと小さな影が立ち上がる。最早さんささんの体を狙うものはなく、申し訳程度に置かれたカードゲームの台があるばかりだ。
「……なんだ、今更やろうってのか。」
こくりと頷くその影の手元にはカードが現れていた。光の粒となって消えていくウラモグのカードを手に持ち、それを懐に忍ばせて彼は電子の瓦礫の上に腰を下ろした。
「ルール外のことはするなよ。」
再びこくりと頷く影。紙のカードに触れるのは彼自身とても久しぶりだった。始めたばかりの頃に、少し勘違いがあったものの、このカードゲームというシステムが好きだった。
「ほんとに、クソデッキ使ってら。」
自分とほぼ変わらないデッキのぶつかり合いに乾いた笑みが零れる。ただただ影とカードゲームをするだけの時間がゆったりと流れていた。いつの間にか、そこには彼一人しか残っていなかった。
「……寂しかったんかね。」
崩れたエリアの瓦礫も綺麗に片付けられ、そこは足を踏み入れた時と変わらない。そこはもう、ただのカードゲームが出来る小さなエリアに戻っていた。
*
「お疲れ様でした。」
「いやぁ、なんか僕、何もしてないんですよ。」
「そんなことないですよ、迷えるAIを救ったんですよ?」
にこにこと笑う鶴葉に、さんささんはげんなりと息をつく。
「……見てたんすか?」
「えぇ、そのためにその子を付けていましたから。何かあったら……燃やそうかと。」
「燃やす?」
「えぇ、言ったでしょう?カードですから。」
「ははっ、それじゃやってる事変わらないじゃないっすか。」
「それで貴方が潰されたら元も子もありません。」
ひやりとした感覚、ハッとして鶴葉を見れば変わらない笑顔で笑っていた。
「さんささんはよくご存知ないかもしれませんが、我々山伏はここだけではなく、リアルの方でもこういったお仕事をさせて頂いています。ですから、優先順位は分かっているつもりです。」
「……すんません。」
「とは言え、痺れましたよ。TCG、ルール外のことをされたら試合になりませんものね。」
「たまに居ますからね、そういうの。」
「でもさんささんはちゃんとしていらっしゃるし、それに……最後まで付き合ってあげたでしょう?」
「僕も、最初は悩んだりしましたから。」
「ねぇ、さんささん、今度MTG教えてください。」
鶴葉の手元に折り鶴が戻っていく。それを乗せたまま彼女はさんささんに笑いかけた。
「いいっすよ、けど……高いっすよ。」
「金麦ちょっと我慢してガンバリマス。」
「ははっ、じゃあ必ず。」
「えぇ、では、今回のお仕事はここまでで。またお願いしますね。」
「はい、是非。」
サインを終えて去っていくさんささんの後ろ姿を見ながら、鶴葉は冷蔵庫の中にある金麦を数えた。
「しばらくカード買うために禁酒、ですかね。」
手元から机の上に移動した折り鶴が同意するように羽を鳴らした。
さんささん【@Sansasaaaan_V】
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